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リライトのオマケ小話その2、「椎名編」。
もしくは、「神ノ宮という身分差の激しい特殊な閉鎖的空間に入った護衛官が味わう苦悩や辛酸、などとはまったく無関係なところでわりと理不尽な試練を受け続ける新人の話」。
長いです。




   

   


      ***


  〇月〇日

 今日、一人の侍女に出会った。
 訓練を終えて詰所に戻ろうとしていた時に、入口の前で声をかけられたのだ。僕を呼びとめた彼女は、何かを言いかけて、あら、というように目をぱちぱちと瞬いた。
「もしかして、新しく入った護衛官というのは、あなた?」
「あ、はい」
 一応そう返事をしてから、僕は迷った。まだ神ノ宮に入って日の浅い僕は、神官たちに仕える侍女たちとはほとんど話をしたこともないので、どういう態度で接すればいいのか、今ひとつよく判らない。
 神ノ宮内において、護衛官は侍女よりも格が上だ、というのは聞いたことがあるけど。だからといって、神官のようにふんぞり返って命令すればいい、というものでもないだろう。ていうか、僕にそんなこと、そもそも出来るわけないし。
「どうかしら。神ノ宮での生活は、もう慣れた?」
 僕が戸惑っていても、彼女のほうは気にした様子もなくにこにこと朗らかに笑っている。それを見て、僕もちょっとほっとした。要するに、普通に会話をすればいい、ということだよな。
 彼女の笑顔は、相対する人間の警戒心や緊張感を、一瞬にして溶かしてしまうような力があった。
「そうですね、最初のうちは疲れましたけど。親切な先輩もいますし、徐々に身体や気持ちのほうも慣れていっている感じです」
「それはよかったわ。侍女でも、新しく入ったばかりの人は、やっぱり大変そうだもの。護衛官や警護は、それ以上に毎日の厳しい訓練で、へとへとになってしまうことも多いらしくて」
「あ、それはあります。特にあの、ロウガさんって護衛官がいるんですけど、この人がもう、ものすごく厳しくて、その上怖くって……指導の仕方もそうですけど、顔も」
「ふふふ。そうよね」
 こっそりと声を潜めて愚痴めいたことを言ってしまった僕に、侍女は可笑しくてたまらないというように、コロコロ笑った。素直で可愛い笑い方をする人だなあ、と僕はつい見惚れてしまう。年上かな? でもそんなに差はないと思うんだけど。
「あ、あの、僕、カイルっていいます」
 僕が若干乗り出し気味に名乗ると、彼女は愛らしい仕草で、口に手を当てた。
「あら、そうね。私ったら名前も言わずに、ごめんなさい。ミーシアよ」
「ミーシアさん?」
「さん、は要らないわ」
「え……じゃ、じゃあ、ミーシア?」
「はい」
 にっこりと微笑む彼女に、僕はデレッとやにさがった。
 僕はこの背の高さが理由で、大抵の女の子から敬遠されてしまう。僕のほうだって、向かい合った時にあまりに身長差のある相手だと、キスするのも難しいなとはじめから諦めることのほうが多い。
 でもその点、このミーシアさん、じゃなかった、ミーシアはいいじゃないか。なにしろ彼女も、女性にしてはかなり高めだ。僕と並んでもあんまり違和感がない。女性は小柄なほうがいい、と思う男は多いから、ミーシアだってきっと、自分の身長のことで何度も悲しい思いをしてきたに違いない。
 頬が健康的に色づいているのも、笑うと目尻が下がるのも、全体的にふっくらとしているのも、母性的な雰囲気を持っているのも、彼女は何もかも僕の好みに合致していた。確か、護衛官と侍女が恋愛関係になってはいけない、という規則はなかったはずだよな?
「あの、ミーシア、よかったら」
「あら、兄さん」
 ぐぐっと身を寄せ、これからもぜひ仲良くしてもらいたい、と口にしようとした時、ミーシアが僕の背後に目をやって声を上げた。
「え、にい……」
 と振り返った僕は、そこに、世にも恐ろしいものを見た。
 ひっ、という悲鳴が喉から飛び出しかける。

「どうした、ミーシア」
 心臓まで凍ってしまいそうなひんやりとした空気を全身に張り巡らせ、爛々と光る猛獣のような鬼気迫る目で僕を睨みながら、ロウガさんは平坦な口調で問いかけた。
 威圧感だけで人が殺せたら、たぶん僕はこの時、一瞬で死んでいる。

「あのね、王ノ宮からシイナさまあてに、贈り物としてたくさんの果物が届いたの。護衛官と警護と侍女で分けて、ってシイナさまが」
 ミーシアのニコニコ顔に変化はない。目の前にいる人から発散されている暗黒的な何かに、彼女はまったく気づいていないらしかった。
「贈り物? 王ノ宮から?」
「先日のお礼、ということで」
「ああ……あの方も、律儀だな」
「これからの交渉が上手くいけば、ニーヴァにとってどれほど益になるかわからないんですもの。問題解決に一役買ったシイナさまに、ご褒美としてなんでも好きなものを、と仰られたそうよ。そうしたらシイナさまは、『じゃあ、神ノ宮で働くみんなにビタミンの補給を』 って返されたんですって」
「ビタミン、とはなんだろう」
「さあ……? でも、神官様たちのお食事と比べると、私たちのここでの食事は単調すぎて、果物や野菜が足りない、ということらしいの。『ビタミン』 が不足すると、病気にかかることもあるのだそうよ」
「なるほど、興味深い……。その話は、また改めてシイナさまから伺おう。お心遣いありがたく、とお前から伝えてもらえるか」
「ええ。それでね、その荷があまりにも大きくて、とても侍女だけではここに運べないの。力持ちの護衛官を何人か、あちらに寄越してもらえるかしら」
「もちろんだ。あとで行かせるから」
「お願いね。じゃあ、兄さん、カイル、また」
 ミーシアは笑いながら手を振って、主殿のほうに軽やかに駆けていった。
 その後ろ姿を、ロウガさんは不気味な沈黙とともに見送っている。僕はすぐさまここから逃げたかったが、そうもいかないのでひたすら彫像のように固まっているしかない。
「──カイル」
 ロウガさんの声は、地の底から湧き出るがごとく、低かった。
「はははははい」
「まだ紹介したことはなかったが、ミーシアは俺の妹で、神獣の守護人に仕える侍女だ」
 それを早く言ってください、と僕は内心で叫ぶように思った。
 ぽん、と僕の震える肩に大きな手が置かれる。
「お前だって一日も早く、一人前の護衛官になりたいんだろう? そのためにも今は、若い娘に気を取られている場合ではないんじゃないか?」
「ごごごごもっともです」
「今日はゆっくり休めよ。明日から、さらに訓練がキツくなるからな」
 ロウガさんの恫喝、ではなく励ましに、僕はうな垂れて、はい、と返事をした。


 ちなみに、
「そういえばさ、守護人の侍女の二人には、間違ってもちょっかいをかけたりするなよ? 敵に回すとおっかない人が、二人もいるからな? あの人たちが静かに怒って、狂犬みたいに暴れ出すと、誰も手に負えなくなるんだ」
 と、トウイさんに真面目な顔で忠告されたのは、ついさっきのことだ。
 それを早く言ってください!



  〇月〇日

 結局、僕は未だ、神獣の守護人を拝見したことがない。
 一体、どういう方なんだろうなあ──と、どうしても思ってしまう。
 どうやら、神官たちからは煙たがられているらしい、ということは判った。大神官に至っては、はっきりと守護人のことを避けている、とも聞いた。やっぱり、神ノ宮と神獣を放置して王ノ宮におもねっていた件が、今もまだ尾を引いているんだろうか。
 しかしその一方で、護衛官、警護、侍女たちからは、絶大な信頼を置かれているようなのが腑に落ちない。
 普段、裏では神官のことをボロクソにけなしてこき下ろすことに躊躇のない護衛官たちなのに、こと話題が守護人のことになると、途端にそれが、苦笑いの混じった柔らかい語調に変わるのだ。
 「しょうがねえなあ守護さまは」 と口では言いながら顔はヘラヘラしてる、っていうか。やんちゃ坊主に手こずりながらも甘やかしてるような感じ、っていうか。いや、相手は神獣の守護人なんだし、そんなことはあるはずないに決まってるんだけど。
 あの後、またミーシアと顔を合わせた時にそれとなく探りを入れてみたのだが (もちろん、近くにロウガさんの姿がないか、注意深く確認した)、彼女はまるでノロケのように延々と、守護人の美点ばかりを嬉しそうに語った。優しい、とか、可愛いらしい、とか、とても強い、とか。それはそれで僕の抱いていた守護人のイメージからはあまりにも遠すぎて、ピンとこない。
 ロウガさんには怖くて聞けないし、ハリスさんはなんとなく近寄りがたいし、メルさんの言葉は回りくどすぎてよく判らないし。
 結果的に、僕が頼れるのは、やっぱりトウイさんしかいない、ということになる。
 ……でも。
「あの、神獣の守護人っていうのは、どういう方なんですか」
 と訊ねた僕に、トウイさんが返した答えは、あまりにも当たり前のものだった。

「世界に一人しかいない、特別な人だよ」

 そりゃあ、神獣の守護人なんだから、世界に一人しかいないし、特別に決まってるでしょう、と僕が不満げに眉を寄せると、トウイさんはそれ以上何も言わずに、笑った。



  〇月〇日

 訓練の合間の空いた時間、神ノ宮内の地理や構造を少しでも頭に入れておこうと、僕は探索に出ることにした。
 今までずっと詰所の近くにいることばかりで、主殿でさえ数えるほどしか足を踏み入れたことがない。そういう時も必ずそばに先輩護衛官の誰かがいたから、一人っきりでウロウロするのはこれがはじめてだ。
 なにしろ神ノ宮の敷地は広大なので、ぼーっと歩いているとすぐに自分のいる位置が判らなくなってしまう。護衛官も立ち入りを許されない場所、などもあるらしいので、気をつけないと。
 ──と、思っていたのに。
 迷った。


 美しい庭園の中にぽつんと佇んで、僕は途方に暮れた。
 恥をしのんで誰かに聞こうにも、この一隅に人の姿は見えない。よく手入れをされた植え込みや、綺麗な彩りの花々が整然と配置されているばかりだ。
「……でしょう?」
 その時、どこかから声が聞こえて、僕はほっとした。
 どうやら声の主は、蔓状の植物で造られた高い柵の向こうにいるらしい。その柵は、茂った葉っぱと花で覆われて、先の視界を遮っている。
 もしも迂闊に声をかけて、そこにいるのが神官であったら、咎められるのは僕のほうだ。万が一そこで人に聞かれたくない密談でもしていた場合、あっという間に解雇され、神ノ宮から放り出されてしまう可能性もある。
 それでも僕がそちらに近づいていったのは、聞こえてきた声が、明らかに女性のものだったからだ。
 神官になれるのは男のみ。だとしたらそこにいるのは神官ではない。しかし、身分の高い客人が神ノ宮を訪れることもあるので、念のため身を伏せて、僕はそろそろと足を進ませた。そこにいるのが豪華に着飾ったどこぞの貴婦人であったら、さっさとここから離れよう。
 足を折って屈み込み、柵の端からそっと目だけを覗かせる。
 そして、ひどく当惑した。

 ──そこにいたのは、貴婦人などではなく、十代の女の子だったのだ。

 彼女は男の子のような服装をして、無造作に長椅子に腰かけていた。椅子の上に折り曲げて載せた片足の膝で頬杖をつき、下ろした片足はぶらぶらと揺らすという行儀の悪さで、何か考えごとをするかのように引き結んだ唇を曲げている。
 最初、どこかの街から子供が紛れ込んだのかと思った。それくらいの違和感だった。美しく見せるためにすべてが計算され尽くしたこの場所で、何かの間違いで迷い込んできた異物のように、自分を飾ろうともしない彼女の存在は浮いていた。
 でも、すぐに気づいた。
 少女の黒い髪、黒い瞳。
 この神ノ宮で、それを持つ存在は一人しかいない。
 そして、彼女の傍らに立っているのはハリスさん。
 ということは、導き出される答えはひとつ。

 あれが、神獣の守護人だ。

 ……え、あれが?
 正直、そう思ってしまったのは否めない。だって、僕が今まで頭に思い描いていた姿とは、だいぶ違う。というか、重なる部分がカケラもない。王太子を誑かして云々、という話から、勝手に豊満で悪女的な外見を想像していたのだが。
 あんなに小さくて、あんなに幼さの残る少女だったのか。
 いや、待てよ。
 ぽうっと守護人を見つめてから、はたと我に返る。我に返ると同時に、さーっと血の気が引いた。
 いやまずいだろ、これ。よりにもよって神獣の守護人に、ばったり出喰わしてしまうなんて。神官であった場合よりも、なお悪い。なにしろ相手はこの神ノ宮で、神獣に次いで重きを置かれる方なのだ。こんな風にこそこそと近づいていったことが知られたら、良くて不敬罪、悪くて一族郎党ともに死罪になりかねない。
 屈んだままの姿勢で、僕は焦ってキョロキョロ周囲を見回した。まだこちらに気づかれていない今のうちに、逃げないと。もしも見つかったら大変なことになる。
 周りを気にしながら、足をじりっと後ろに動かす。再び、そうっと柵の内側に視線を戻すと──

 すぐ目の前に、守護人が膝を折ってちょこんと座っていた。

 ロウガさんの時は心臓が凍るような思いをしたが、今度は全身の血液がすべて凍りつくように気分を味わった。
 魂の抜けた状態で、僕はまじまじとこちらを見ている守護人と向き合った。一拍の間を置いて、すぐに抜けかけた魂を引き戻し、慌てて後ろに跳び退って平伏する。
「……カイル、お前、自分が何をしてるのか、わかってんのか?」
 ハリスさんの冷たい声に、僕は身を縮めて、ぶるぶると震えることしか出来なかった。
「もももっ、申しわけ、ございません……!」
「俺たちは、守護人に許可なく近づいた者がある時には、問答無用で抜剣が許されている。新米とはいえ、そんなことも知らないわけじゃあるまい?」
「はっ、はい、もちろん!」
「だとしたら、覚悟はできてるんだろうな。この神ノ宮で、規律に外れた人間がどういう末路を辿るのか、身をもって知るがいい。──護衛官同士の誼だ、せめてあまり苦しまないように死なせてやる」
 一切の感情を抜き去って冷淡に紡がれるハリスさんの言葉に、顔からどっと噴き出した汗がぼとぼと地面に落ちて染みを作った。下を向いたまま、ギュッと強く目を瞑る。
 せめて故郷の親にまで、累が及びませんように……!

「脅しつけるのはそこまでにしましょうよ」
 その時、軽い声が頭の上に降ってきた。

「この人、すっかり本気にしちゃってますよ。あのー、顔を上げてください」
 間延びした声に、おそるおそる顔を上げる。
 守護人はさっきと同じく膝を折った恰好のまま、両手に顎を乗せてこちらを覗き込んでいた。ハリスさんは剣の柄に手をかけることもなく、少し憮然とした表情で腕を組んでいる。
「ハリスさんが言ってるのは冗談なので、気にしないでください」
「あのねシイナさま、俺だってあんまりロウガさんみたいなことを言いたくはないんですがね、規律や規則ってのは破るためじゃなく、守るためにあるんです。何もかも、なあなあで済ませりゃいいってもんじゃない」
「神ノ宮におけるわたしに関する規律や規則っていうのは、わたしのいないところで、わたしの意向をまったく無視して、勝手に大神官と神官が決めたものですよね? だとしたら、それに従わなきゃいけない義務がわたしにありますか?」
「……まったく屁理屈をこねる時だけべらべらと口が廻るんだから」
「ハリスさんに似たのかも」
「…………」
 苦々しい顔つきをしていたハリスさんは、守護人に平然と返されて、我慢ならなくなったように、ぶっと噴き出した。
「えーと、カイルさん、ですか? 新しく護衛官になった人ですね? 話は聞いてます」
 こちらを向いた守護人にそう言われ、身を固くした僕は、もう一度地面にくっつけるようにして頭を下げる。守護人に名を呼ばれ、しかもそれが 「さん」 付けであることに大いに動揺した。話を聞くって、誰から?!
「はっ、はい! ま、まことに、ご無礼、申しわけあり」
「そんなことはいいので、わたしに話を聞かせてもらえますか? 最近の外の様子を知りたいんです。まずは立ってください」
 えええ、と僕はうろたえたが、ハリスさんを見ると 「いいから立て」 というように指を動かしているし、これが守護人からの命令であるなら従うしかない。僕がおずおずと腰を上げると、守護人も一緒に立ち上がった。
 互いに立って向かい合ってみると、やっぱり守護人は小柄だった。あちらはあちらで、感嘆したように僕の頭から足元まで視線を動かしている。
「背が高いですね」
「は、はい」
「少しトウイに分けてあげれば喜ぶのに……」
「シイナさま、それ本人の前で言っちゃダメですよ。落ち込んで鬱陶しいから」
 僕はひたすら困惑するばかりだった。
 なんなんだろう。守護人という人の不可思議さもそうだが、ハリスさんとのやり取りも、僕の想像の埒外だ。身分の高い人たちというのは、低い人間をそこらの動物や物くらいにしか認識しないことが多いのに、これじゃまるで……
 仲間同士、のような。


 守護人は、固辞する僕をほとんど無理やり長椅子に座らせて、いろんな質問をしてきた。
 街の様子、ニーヴァの空気、人々の関心、経済状態など。
「神獣の守護人については、どう言われていますか?」
 と訊ねられた時には、一瞬心臓が止まった。
「それについては、いろいろと言いたいことがあるんだよな、カイル?」
 ハリスさんにニヤニヤされた時には、本気で死を覚悟した。
「い、いえ、それはもちろん、清らかで美しく心根のすぐれたお方であられると……」
 ガタガタ歯の根を鳴らしながら答えた僕の返事を、守護人は 「そんな建前はともかく」 とすっぱり切り捨てた。
「本当のところはどうですか」
「カイル、守護さまのお訊ねだ。誠心誠意、自分の心に誓って、一切の嘘偽りなく真実のみを述べな」
「…………」
 守護人とハリスさんの二人がかりで詰め寄られては、僕にもう逃げ場はない。真っ青になりながら、メルさんに話したのと同じ内容を口にすると、守護人は、ふーん、と顔をしかめた。
「……その程度ですか。王ノ宮もヌルいですね。どうせ悪役に仕立て上げるんだったら、もっと徹底的にやればよかったのに」
「シイナさま、それトウイの前では言っちゃダメですよ。怒りだして面倒くさいから」
「でも、カイラス王はまだ王ノ宮に味方が少ないし、同情だろうとなんだろうと、せめて国民の好感度は得ておかないと」
「だからって、やりすぎてもよくないんです、こういうのは。民の悪意をシイナさまに集中させすぎると、今度はシイナさまの身が危なくなる。そんなことは俺たちが許しませんからね」
「じゃあバランスよく配分する先を考えて……」
 守護人はそこで僕の存在を思い出したらしい。くるりとまたこちらを向いた。
「それはそれとして、カイルさん、神ノ宮はどうですか。不便なことや困ったことはありませんか。神官たちに苛められたりは?」
「ご、ございません」
 あったとしても、守護人に言えるわけがない。
「そうですか。じゃあ、何かあったら……」
 そこでおそらく、話は終わるところだったのだろう。しかしハリスさんが楽しそうに言葉を添えたために、舵は思わぬ方向へと急転回した。
「シイナさま、このカイルはね、トウイにえらく懐いてるんですよ。トウイも珍しく年下の後輩が出来て嬉しいのか、こいつを可愛がっていてね」
「──へえ」
 その瞬間、守護人の目がキラリと輝いた。


「……で、カイルさんの目から見て、トウイさんはどういう先輩ですか」
 突然守護人に、真っ向からそんな問いを投げつけられ、僕はまた戸惑った。
「え……あ、あの、どういうって」
「忌憚なく、ありのままを教えてください」
 守護人は非常に真面目な表情をしている。なんだか、伝わってくる迫力と本気度が、さっきまでの比ではない。なんなんだ、この熱の入れようは。
 そこで僕ははっと閃いた。
 もしかして、守護人はトウイさんを、護衛官の任から降ろそうとしているのではないか? それで、何か問題点やアラ探しをしようとしているのかも。ここで僕が下手なことを言ったら、トウイさんは難癖をつけられて冷遇されてしまうのだ、きっとそうだ。
 そんなことにはさせない、と僕はムキになった。トウイさんは僕の大事な先輩である。守護人の罠に引っかかって、うかうかと余計なことを口走るもんか。
「トウイさんは、とても立派な人です。剣術は抜きんでた実力の持ち主で、仕事にも大変真面目で、誠実です。僕のような至らない後輩にも優しく丁寧に接してくれる、尊敬できる先輩です!」
 きっぱり言ってから、どうだ、というように見返した僕に、守護人は無言だった。
 しばらくの沈黙を置いてから、

「……それから?」

 と言われ、僕は混乱した。
「あ、あの、それから、と言われますと……?」
「それっぽっち、ってことはないでしょう。他にも良いところはいろいろあるでしょう」
「い、いろいろ……?」
 困惑顔でハリスさんを窺うと、下を向いてぶるぶる肩を震わせている。わけがわからない。
「……えー、と、ほ、他には、何に対しても熱心に取り組むし、先輩たちの受けもいいし、いつも明るい、です」
 なんとか再びそれだけ絞り出して、守護人を見る。
 彼女は僕を見返して、促した。
「構いません。続けてください」

 えええええ~……?

 続けろも何も、もう思いつかない。
 とは言えず、それから僕はちょっと泣きそうになりながら、よく食べるしー、とか、寝覚めがいいしー、とか、四苦八苦してトウイさんの他の長所を見つけ出すべく努力した。こんなにも頭を働かせたことはかつてない。汗の量も尋常じゃなかった。
 なのに、守護人は容赦なく、こう言うのだ。
「それから?」
 どちらかというと無表情。声も口調も、はじめからさして変化せず、淡々としている。
 だけど。
 ──もっと、もっと、もっと言え、と、その目とその態度が要求しているのである。ものすごい圧力で。
 結局最終的に、「トウイさんは世界一強くてカッコ良くて性格人格ともに非の打ちどころのない超人的な素晴らしい存在」、というところに行き着いて、ようやく僕はその地獄から解放された。
 守護人は、またぜひお話を聞かせてください、と言って主殿に戻った。ハリスさんは笑いすぎのあまり、それからしばらく腹痛に苦しめられたらしい。


 僕はまた二日ほど寝込んだ。



      (つづく)


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