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これがリライト最後のオマケ。
アホみたいに長くなりました。読んでくださる方、ホントにすみません。


別の話の小話を書こうかなと思ったのですが、イマイチまとまらなかったので、ここでオマケ祭りは打ち切ります。いつかまた機会がありましたら。
読みにくいのにお付き合いくださった方、ありがとうございました!




   

   


      ***


  〇月〇日

 今日の午前中、僕は他の護衛官から使いを頼まれて、主殿に向かった。
 護衛官詰所から主殿までまっすぐ向かう分には、さすがに僕一人でも迷ったりはしない。しかしまだ緊張はする。神官と大神官、守護人に神獣までが住まう主殿は、神ノ宮の中で最も巨大で壮麗、堂々たる威容を誇る建物だ。
 一歩中に踏み入るだけで、その輝かしさと厳かな雰囲気に身が竦むような心持ちになる。いつかは僕も、他の人たちのように胸を張って廊下を歩けるようになるのかなあ。
 そそくさと用事を済ませ、やれやれと安堵して詰所に戻ろうとした時、角のところで侍女とぶつかった。
「す、すみません」
 慌てて謝りながら、尻餅をついている侍女を助け起こす。僕が個人的に知っている侍女といえばミーシアくらいだけど、女性にしては背が高くちょっとふっくらしている彼女とは逆に、その侍女はいかにもほっそりとたおやかな身体つきをしていて、なおさら焦った。
「いいえ、わたくしのほうこそ、たいへん申しわけございません。急いでおりまして、注意が足りませんでした」
 思った以上に丁寧な謝罪が返ってきて、こちらのほうがとりのぼせそうだ。立ち上がった侍女は姿勢もよく、お辞儀をする仕草も非常に品があった。ミーシアのように優しく気さくな感じもいいけれど、この人のように物腰柔らかくしとやかな感じもいいなと、うっとりしてしまう。
「あら……」
 侍女はそれから、改めて僕を見て──というより、僕の頭からつま先までを目測するように眺めて、少し目を瞠った。
「ひょっとして、新しく護衛官になられたカイルさん、ですか?」
「え、はい」
 言い当てられて、ぎょっとする。僕ってそんなに侍女の間で名が知られてるんだろうか。「背が高いばかりでちっとも役に立たない新人」 とか、そういう評判だったらどうしよう。
「まあ、やっぱり。ミーシアやシ……守護さまからお話を伺って、わたくしも一度お会いしてみたいと思っていたんです。申し遅れましたが、わたくし、ミーシアと共に守護人付きの侍女をしております、セラと申します」

 げえっ!

 僕は内心で悲鳴を上げて飛び上がりそうになった。
 セラと名乗った侍女は 「はじめまして」 とおっとり微笑んでいるけど、僕のほうはそれどころじゃない。守護人から聞いたって、どんな話なんだ?! そして守護人の侍女といったら、トウイさんに 「怒らせると狂犬になる怖い人が後ろに二人も付いてる」 と言わしめたアレじゃないか! まさかこの人もロウガさんの妹なんじゃないだろうな?!
「そうだわ、ちょうどよかった」
 僕が恐怖のあまり口もきけないでいる間、セラさんはセラさんで頭を回転させていたらしい。口の中で小さく呟いてから、僕の腕にそっと手を添えた。
「カイルさん、実はお願いがあるのですけど」
「は、ははははい、なんでしょう」
「今、王ノ宮からご使者が参られているんです。守護さまにご面会をということなのだけれど、あいにく、守護さまはお外に出ていらして」
「あ、じゃ、じゃあ、僕がお探しして、お呼びしてきましょうか」
「いいえ、いらっしゃるところはわかっているの。ですからカイルさん、申しわけないのだけど、そのご使者を守護さまのところにご案内していただけないかしら」
「え、僕が、ですか」
「きっと、そのほうがいいと思うの。室内でお話ということになったら、付く護衛官は一人のみと制限されてしまうし……あの雰囲気だとご用の向きは決して良い中身ではないようだから、なるべく人の目もある外のほうがいいわ」
 小声で確認するように話している内容が、僕にはさっぱり理解できなかった。「あの……」 と当惑する僕の腕を、今度はぐっと掴まれる。
「お願いします。今はほんの少しでも、守護さまの力が削がれるようなことがあってはならないの。ご使者には、わたくしのほうから上手く説明しておきます」
「は……はい、わかりました」
 セラさんの迫力に押されるように、僕はそう返事をするしかない。セラさんはほっとしたように目許を和ませると、ではご一緒に、と方向転換して再び歩き出した。


 守護人は、庭園内の四阿にいるという。
 主殿からは少し距離があるので、せっかく出向いた上に歩かされるとは、と使者が怒りだすのではないかと僕は心配だったが、意外と機嫌が良さそうに、「神ノ宮もなかなかの眺めだ」 と周囲を見回しながら足を動かしていた。セラさんはよほど上手に言いくるめたらしい。
 そしてこの使者は存外、お喋り好きな人物でもあった。普通、階級が上の人は護衛官の存在を空気のようにしか思わなかったりするものだけど、どうやら僕がにょっきりとした高身長なのが面白かったようで、何を食べて育つとそうなるんだ、と訊いてきたりする。
「私の生まれ育った街は、ニーヴァのはずれの田舎なのですが、街全体でイルマを育てて売る、ということをしておりまして」
 仕方なく、そう説明する。身分の高い人と言葉を交わすのは緊張するかと思ったけど、そうでもなかった。考えてみたら、僕はすでに神獣の守護人と会話をしているんだもんな。
「ああ、イルマか。あれの乳は滋養がつくと聞いたことはあるが、あのイヤな匂いがなんとも。まあ、所詮は庶民の好むものだからな」
 はははと使者が笑うのを、あーそーですか、と白けた気分で聞くしかない。そのイルマで稼いだ金を上のほうが吸い取って、あなた方に贅沢をさせているんですけどね。
「なんでも神獣の守護人は、イルマの乳を好んで飲まれると聞いたが」
「えっ、守護さまがですか?」
 つい驚いて問い返してしまったが、自分の考えのほうに意識が向いているのか、使者は僕の無礼を咎めることもなく、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
「さても異世界からいらっしゃったというだけあって、ゲテモノをお好みだということだろう。神ノ宮の食事にもイルマの乳を出すよう大神官に掛け合って揉めた、とのことだ。いやはやまったく、なんとも呑気であられることよ」
「守護さまが……」
 イルマの乳はクセや匂いがあって、慣れないと確かに飲みにくい。けれど非常に栄養価が高く、疲労回復に大いに役立つということは、街で暮らす一般の民の間では常識だ。
 もしかして、守護人はそれを知ってるんだろうか。
「そのような方にいつまでも国の至宝を渡しっぱなしとは、カイラス王もまた呑気であられる。神獣の剣はニーヴァの宝なのだぞ、返却の督促もなさらないとは一体どういうおつもりなのだろうな。王はなぜ守護人に対してああも弱腰なのか、まったく理解に苦しむわ。この際だから、私のほうからピシッと」
 気負ったようにぶつぶつと呟く内容を耳にして、僕は目を見開いた。

 ──じゃあ、この使者は、神獣の剣の返却を守護人に求めに来た、ということか。

 守護人の腰に差されていた、銀色に輝く細身の美しい剣。僕の目からは、あの剣は彼女によく馴染んでいるように見えたけどな……
 けれど王ノ宮の使者にそんなことを言いだせるはずもなく、戸惑っている間に、僕たちは目的の場所近くまでやって来た。
「ん?」
 と、足を止めたのは、そこに辿り着いて守護人を見つけるよりも前に、見知った顔を見つけてしまったからだ。
 ハリスさんとメルさんである。何をしてるんだ、二人とも、こんなところで。いや、守護人の近くにこの二人がいるのは別に不思議でもなんでもないが、彼らは妙に隠れるようにして、こそこそと植え込みの後ろで片膝をつき、その向こう側を窺っている。
「あの……」
 声をかけようとしたら、ぱっと振り返った二人に、伏せろ、と手で合図をされた。
 その厳しい顔つきに、僕も瞬時にして身の裡を緊張させる。さてはすぐそばに刺客や賊がいて、守護人を狙ってでもいるのか。
 さっと機敏に反応し、僕も腰を屈めて、自分の身を隠せる場所へと素早く移動した。使者の身体も引きずるようにして木の陰へと押し込む。「な……」 と目を丸くして抗議の声を上げかけた使者に、静かに、と身振りで示した。
「──どうしたんです」
 ハリスさんとメルさんの許へとこっそり近づき、音量を極限まで下げて訊ねる。ハリスさんとメルさんは、二人揃ってこちらに鋭い視線を向けた。
「今、大変な状況なんだよ」
「いいですか、絶対にこちらの気配を、あちらに悟らせちゃいけませんよ」
 二人はほとんど唇を動かさず、声にならない声を出して僕に警告した。この緊迫した空気、ただごとではない。僕は固い表情で頷いた。一体何が起こっているのだろう。
「……で、あれは誰だ」
 ハリスさんが目線を向けたのは、何がなんだかわからず青い顔をしている王ノ宮の使者だ。僕は手短にこれまでのことを説明した。
「へえ……神獣の剣を」
 呟いて、ちらっとメルさんと目を見交わす。そこにどんな意志の疎通があるのか、当然ながら僕にはさっぱり判らない。
「こ、これは、一体、どういう」
 その使者が、四つん這いになりながら、ぎこちなくこちらへと近づいてきた。怒っているのか怖がっているのか本人にもわからない、という混乱した様子が見て取れる。
「まあ、とにかく使者どの、黙って成り行きをご覧あれ」
 メルさんがにやりと笑ってそう言った。



「……だから、誤解ですって」
 ん? と僕は首を捻った。
 植え込みから聞こえてくるのは、僕のよく知る声──トウイさんの声だったのである。
 刺客や賊に襲われているにしては、その声に迫力などというものは微塵もなく、ただひたすら困り果てている、という感じのものだった。
「……?」
 とにかく、今すぐに守護人の命の危機、というわけでもないらしい。植え込みからほんの少しだけ目を覗かせてみると、その向こうにある四阿の中に、守護人とトウイさんの姿が見えた。最近の僕って、こういうのばかりだな。
 守護人は四阿内の長椅子に座って、こちらに背中を向けている。だから顔は見えない。その傍らに立つトウイさんは、声と同様に顔も困り果てているようだった。
「俺がそんなところに行くわけないでしょう」
「でも、行ったんでしょう?」
「だからそれはメルに騙されて……ねえ、このくだり、さっきから何度も繰り返してますよね?」
 弱りきっているトウイさんとは逆に、守護人の声はまったく感情がなくて平坦だった。いや、僕に対してだってそういう喋り方をする方ではあったけど、あの時は淡々としているなりに、もう少し柔らかさがあった気がする。なのに今は、石のように硬い。
 一言で言うと、怖い。


「……そんなところって、どんなところなんですか、メルさん」
 僕が口許に手を当てひそひそと訊ねてみると、メルさんはふふふとやけに女性っぽい、そのくせ胡散臭い笑みを浮かべた。
「まあ要するに、『そういう店』 ですよ」
「そういう……」
「女の子が、ほら、いろいろと楽しい思いをさせてくれる」
「…………」
 ああ、「そういう店」 ですか……
 そんなところがどんなところかは理解できたが、ちっとも理解できない。それでどうしてトウイさんはこんなにも一生懸命、それに対する弁明を守護人にしているんだ。神ノ宮の規則にそのテの場所に行くことを禁じる項目はなかったはずなんだけど。
 ……そして僕はどうして、こんな恰好でこんな話を聞いているんだ。


「あの街のことは俺だってよく知らないから、普通の飲み屋だって言われてついて行ったんですよ。入ってみて、違うことに気がついて」
「やっぱり入ったのは入ったんじゃないですか」
「いや、だからすぐに出ましたって」
「普通、入る前に気がつきませんか、そういうのは」
「それまでにちょっと飲まされてたし……それにその店、外見は飲み屋っぽかったんで」
「へえー」
 守護人の声は、背中が寒くなるくらい冷たかった。


「どの店のことだよ。マオールじゃねえんだろ?」
「ほら、王の宮の近くの。あの中にある店でねえ、なかなか美人が揃っているって評判のところがね」
「ほう、なんという名前の店かな」
 確認するハリスさんに、メルさんが地面に指で地図を描いている。そしていつの間にか使者までが、興味津々で身を乗り出してそれを聞いている。
 あの、「大変な状況」 というのは、もしかしてこれのことですか。


 トウイさんは何度も、違う、誤解だ、と言い張っている。
「本当ですってば」
「メルさんに騙されて入ったけど、すぐに出たと」
「そうです」
「じゃあなんで、服に口紅がついてたんですか」
 わあ! トウイさん、それはマズイです!


「……実際のところ、どうなんです?」
「あの男に、そんな度胸と器用さがあると思いますか。店に入ってすぐ女の子たちに囲ませてやったのに、一瞬の隙をついて逃げられてしまいましたよ。まったく、すばしっこいんだから」
 メルさんが、不覚、というような顔をしている。僕は首を傾げた。
「あのー、なんでそんなことするんですか。僕とマオールに行った時だって、トウイさん、そういう店にはちっとも興味がなさそうでしたよ」
「そりゃ、面白……いえ、何事も経験を積むことが必要だと思って。ねえ、使者どのもそう思いません?」
「まあ、そうだな。特に女関係というものは経験してみないと、いろいろ判らないことがな」
 なんだか変なことを考えているらしく、使者がぐふふと下品な笑い方をした。
「確かになあ。トウイももっと経験を積んどきゃ、こういう時はひたすら機嫌とって甘い言葉を繰り返せばいい、ってことがわかるはずなんだがな。あっちだって別に本気で疑ってるわけじゃなくて、ただ拗ねてるだけなのに、それにも気づかないとは……まったく今まで俺から何を学んできたんだ」
 ハリスさんは四阿のほうに目をやりながら、呆れるようにぶつぶつと言った。


「そろそろ機嫌を直してくれません?」
「別に怒ってませんけど」
「怒ってるじゃないですか。その顔といい、口調といい」
「わたしはいつもこんな感じです、トウイ 『さん』」
「もう……」
 ぷいっと顔を背ける守護人に、トウイさんは、手がつけられない、というように深いため息をついた。
 そして、ぼそりと言った。
「……もっと素直に妬けばいいのに」


「あ」
 ハリスさんと、メルさんと、使者と、僕の声が同時に重なった。
「あのバカ……」
「ほんっとにアホですね彼は」
「ここであれはいかんだろう」
 他の三人がそれぞれ頭を抱えたが、僕もまったく同意見だ。いやそれはダメですよ、トウイさん。それは今この場この状況で、いちばん出したらいけない言葉ですよ。あの人、本当にこういうのがヘタクソなんだなあ。


「…………」
 守護人が無言でゆらりと立ち上がった。こちらからはその後ろ姿しか見えないのに、彼女が全身に氷のような冷気をまとっているのは伝わってきた。
「……怒ってません」
「だって──」
 守護人は、トウイさんの言葉を待つことはしなかった。すらりと滑らかな動きで持ち上げた右手──には、いつの間にか腰に帯びていたはずの細身の剣が握られていて、彼女はそれを一瞬の躊躇もなく振り下ろした。
 僕から見えたのは、白く輝く軌跡だけだった。
「──怒ってない、と、言ってるんです」
 妖獣さえも凍りついてしまいそうな低い声音で一本調子にそう言うと、守護人は神獣の剣を腰の鞘に収め、すたすたと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
 慌てて、トウイさんがそれを追う。
 ……その途端、ぱかっと二つに分断された長椅子が、大きな重い音を立て左右に分かれて倒れた。


「な……な、な、な」
 使者は腰を抜かして、ぱくぱくと開閉する口から泡を吹きそうになっている。
 僕も似たようなものだ。腰こそ抜かさなかったけど、自分で見たものが信じられない。え、今、何があった? あの長椅子は太い材木を一本そのまま削って磨いて仕上げたもので、剣で断ち切るなんてこと、可能であるはずが……
「あっ、向こうに行きますよ」
「よし、追うぞ」
 メルさんとハリスさんは別段驚いた様子もなく腰を上げた。足を踏み出しかけて、思い出したようにくるりと振り返る。
「……というわけで、ご覧になりましたでしょう、使者どの」
「神獣の剣がただの飾りではないことを、ご確認していただけましたか」
「あそこまであの剣を見事に使いこなせるのは、やっぱり神獣の守護人しかおりません」
「そう、なにしろ剣自身が、守護人をあるじと仰いでいる。そうでなければあそこまでの切れ味はとても。それを引き離すと今度はどんな災いが降りかかるか判りませんよ? なにしろあれはニーヴァ国の至宝、まぎれもなく神剣ですし」
「カイラス王にこの一件をご報告してごらんなさい。あのヘタレ……いやお優しい王も、返却は望まない、剣は守護人の許にあるべきだと仰ると思いますね」
 代わる代わるかけられる言葉に、蒼白になった使者は、首振り人形のように何度も頷くだけだった。



 結局、ハリスさんとメルさんは、守護人とトウイさんの追跡をすることは出来なかった。
 その前にロウガさんに見つかって、詰所に連れ戻されたからだ。ついでに僕も一緒になって並ばされ、一限ほどがみがみと説教された。解放された時には、耳がじんじんと痺れていた。
 でも、あれから二人はどうなったんだろう、と気になってしょうがない。広大な神ノ宮の敷地の中、そう簡単に見つかるとは思えなかったけど、僕はうろうろと探してみた。
 ──彼らの姿を見かけたのは、それからさらに一限ほど後のことだ。
 守護人とトウイさんは、敷地のかなり端のほうにいた。さっきの四阿のように景色が綺麗なところでもなければ、美しく整えられているところでもない。植え込みもなければ花もない、殺風景なその場所で、二人は並んで座っていた。
 トウイさんは、僕に気づいて、人差し指を口に当てた。
 僕は急いでこくこくと頷き、すぐに身を翻した。
 まったく余計なお世話だった。お節介なことを考えるもんじゃない。
 詰所に向かって走りながら、このことはハリスさんにもメルさんにも黙っていよう、と決意した。
 隣り合う肩に、小さな頭が乗せられていたことも。すやすやと眠る守護人が、童女のように穏やかな顔をしていたことも。それを見る、トウイさんの優しそうな眼差しも。
 ……二人の手が、しっかりと繋がれていたことも。
 ぜんぶ、自分だけの秘密にしておこう。
 僕はなんだかものすごく照れてしまって、火照った顔から噴き出る汗を拭った。


 ──その後、カイラス王より正式に、「神獣の剣は、神獣の守護人が自ら返却の意志を示すまで貸与する」 との申し出があったらしい。
 王は二日ほど気分がすぐれず政務を休んで寝込んだ、という噂だ。



  〇月〇日

 ニーヴァでは……というか、大部分の国はそうなのだが、一国はいくつかの都市が集まって形成されている。
 ひとつの都市の中には、多数の街と、そこには入らない個人の家があり、それらから納められる税金その他が、都市にある役所に行き、そこからまた王ノ宮に行くという──かなり単純に言うと、そんな構造になっている。
 ひとつの都市に、役所はひとつ。役所に入るのは階級の高い政官と決まっている。王ノ宮に属するとはいえ、基本、役所の管理や権限全般はその政官たちに委ねられる。王ノ宮の目もいちいちそんなところまでは届かないし、まあ、やりたい放題というやつだ。
 であるから、役所の長たる人間がまだしも節度のある人間であれば大幸運、でも世の常として強欲な人間が上に行く場合がほとんどなので、住人たちは役所のご機嫌を窺いながらあれこれと駆け引きをしなければならないのが普通だ。
 ひどいところになると、街ごとによって取られる税の金額に大きな差がついたり、小さな街では閉鎖に追い込まれてしまうこともある。役所は人々から出来るだけ金を吸い上げ、なるべく多くの上前をはねて、涼しい顔をして王ノ宮に残りを差し出すのである。
 みんな、理不尽なとは思いながらも、我慢するしかない。ずっとそうしてやって来たのだし、我慢するより他にしょうがない、とも思っていたからだ。
 それが、ここにきて。

 これから徐々に都市に置く役所の数を増やしていく、と王ノ宮が新方針を決定した。

 現在ある役所を中央として、他に小規模な役所を複数つくる、というのである。役所の数が増えれば、管轄する街や家の数が減る。今まで放置されていた事案なども手が廻るようになる、というわけだ。
 しかもおまけに、新たに設置される役所では、住人たちからの苦情、要望なども受け付ける、という。今まで治安警察だって、階級の高い人間の訴えしか耳を貸さなかったというのに。
 税金なども、それらの役所を通して中央の役所に送られる。手順がひとつ増えるわけだが、それで中央の専横を食い止めることは出来る。しかもそういう役所は複数あるのだから、互いに目を光らせることで職権の乱用も防げる。
 その上、新しい役人は、階級によらず試験で決められる──なんて。
 それを聞いた時、人々は驚愕した。僕も耳を疑った。王ノ宮が、そんな 「民のための政治」 を考えるとは。
 カイラス王は気弱な性格だと聞いていたが、まったく噂はあてにならないなと、しみじみ思った。


 護衛官詰所の食堂でも、その話題でもちきりだった。
「すごいことですよね」
 僕もいささか興奮して声を弾ませる。歴史上、稀に見る画期的な出来事だ、無理もない。
 しかし、ロウガさん、ハリスさん、メルさんの三人はいつもと変わらず落ち着いていた。
「……ま、問題は今後も山積み、ってのは変わりないんだけどな。役所に気軽に訴えられるようになるとはいっても、それが実際に聞き届けられるかはかなり怪しい。自分たちに都合が悪いことなら握りつぶすのも簡単だし」
 ハリスさんは醒めたことを言って肩を竦めている。
「反対意見も多かったのに、それを押さえ込んでのことだったんですってね」
「こういう仕組みにすることによって、王ノ宮にも利がないわけじゃありませんからね。それがなきゃあ、いくらなんでも通りませんでしたよ。まったく、苦労しました」
 メルさんは、まるで自分の手柄のようにそう言った。
「でも、そういう場所が出来る、ってことが大きいですよ。今までは、困ったことがあっても、自分たちでなんとかするしかなかったんですから。救済の手が差し伸べられるかも、と思うだけで、それは希望になります」
「そうだな」
 ロウガさんがひとつ息をついて、表情を引き締める。
「シ……カイラス王はきっと、この国をもう少しだけ風通しよくしたい、と思われているんだろう。だから俺たちも、自分に出来るだけのことをしよう、と考えている」
「はい!」
 僕も元気よく返事をした。
 そりゃ、神ノ宮の護衛官である僕に、出来ることなんてたかが知れているけど。

 この国の進む先には光が見える──と、嬉しく思えてならなかった。



  〇月〇日

 今日、トウイさんと、「夢」 についての話をした。
 僕の夢は、早く一人前の護衛官になって、故郷の両親を安心させることだ。イルマを育てるのは手もかかる上に体力も使う。朝は早いし夜は遅い。いつかお金を貯めて、ゆっくりと毎日を過ごせるような生活をさせてやりたい、と僕は少し照れながら打ち明けた。
「立派な夢じゃないか」
「トウイさんは?」
 へへへと頭を掻きながら訊いてみる。トウイさんの夢って、やっぱり神ノ宮一の護衛官になりたい、とかそういうことかな。両親はもう亡くなったと聞いているけど、故郷はあるのだろうし、いつかはそこに帰りたい、ということかもしれない。
「俺か……そうだな」
 トウイさんは呟いて、どこか遠くを見るような目をした。
「……ずーっと、さ」
「はい?」
「ずっとずっと長生きして、髪も真っ白になって、皺だらけになって、寿命が完全に尽きるまで、生きて、生きて、生き抜いてさ」
「……はい?」
「ああ楽しい人生だった、満足だ、ここまで生きてこられてよかったな、って」
「……それだけ?」
 ちょっぴりガッカリして、僕は言った。だってそんなの──まるで年寄りの言い草だ。
「──って、そう思う人の最期を看取りたい」
「は?」
 ちんぷんかんぷんな顔をしている僕を見て、トウイさんはくすりと笑った。
「その人がさ、そう思いながら目を閉じる最後の瞬間、そばにいる俺の顔を見て、幸せそうに笑うところを見たい」
 僕は首を捻った。
「それが、夢ですか?」
「うん」
 夢だよ、と言って、また笑う。
「その夢を叶えるために、頑張ろうって思えるんだ」



 たまたまその後で、僕はまたしても守護人に捕まってしまった。今度は、外を歩いている時に、後ろから声をかけられたのである。不可抗力だ。一瞬逃げたくなったが我慢した。
 護衛をしているのはハリスさんではなく、ロウガさんだった。僕が悪いわけではないと思うのに、なぜだかじろりと睨まれた。
「カイルさん、何か変わったことはありませんか」
「はい、ございません」
「護衛官の先輩とか」
 はいはい、最初からそれが聞きたいんですよね。
 しかしもういい加減、トウイさんの話はネタ切れだ。そうそう人の長所ばかり並べられるものじゃない。かといって短所を口にしようものなら、非常に怖い目に遭いそうな気がする、なんとなく。
「えーと、そういえば、今日」
 苦し紛れに、今日の夢についての話をした。勝手に言ってもいいのかな、とは思ったけど、あれくらいささやかな内容なら、別に構わないだろう。
 守護人は、僕の話を黙って聞いていた。話し終わってからも、しばらく口をきかなかった。もしかして、怒らせたかな、とひやりとする。護衛官としての覇気に欠ける、とかいってトウイさんが叱責でも喰らったらどうしよう。
「……トウイ、さんが、そう言いましたか?」
 ようやく、小さな声でそう言った。
「は、はい」
 ドキドキしている僕に、そう、と静かに頷く。

「──じゃあ、そうなります。きっとね」

 それはまるで、予言のように。
 あるいは、祈りのように。
 ……または、はるか先への約束のように。
 守護人はそう言って、ふわりと微笑んだ。
 とても、幸せそうに。



      (おわり)



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