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「雪色ロマンス」の、9話目の後のお話です。
このあと、短期間の同棲に突入するのですが、そちらの話はまた今度に。すっごくバカバカしい内容になる予感しかしません。
こっちはそこまでではないです(多分)。お読みくださるという方は、[つづきはこちら] からどうぞ。

   

   
      ***



 祖母の入院中、環が時子の家に来てまず最初にしたのは、冷蔵庫の中身を確認する、という、非常に現実的なことだった。
 ヨリを戻した恋人として、もっと他に何かすべきことがあるんじゃないのかな、と時子は少々不満だったのだが。
「………………」
 冷蔵庫の扉を開けて中を覗いた環は、そのまましばらく絶句していた。ものの見事にそこが空っぽであったからであろう、多分。
 パタンと閉めて、後ろにいた時子を振り返る。ちょっと怖い顔だった。
「……お前、今まで何を食ってたんだ」
「さあ」
 と時子が答えたのは、別にとぼけていたわけではない。本当に思い出せなかったからである。そういえば、私、なにを食べてたんだっけ? と首を捻る時子を見て、環はますます怖い顔になった。
「霞でも食べてたのかしらね」
「お前は仙人か。何かを作るってことはしなくても、コンビニとかスーパーとかで買い物くらいしただろ」
「したっけ?」
 不思議そうに首を傾げて問い返してから、眉の吊り上がった環の顔を見て、「うん、したかな。多分」 と慌てて言い直す。しかしその答えも、環には気に入らなかったようだ。
「多分ってなんだ」
「いやだって、こうして立って歩いてるんだから、何かを食べてはいたのよ、きっと。あんまり覚えてないけど」
 だって、祖母が入院してから、もう十日ほどが経過しているのである。その間、まったく何も飲み食いせずにいたら、いくらなんでも倒れるだろう。なのに現在こうして倒れもせずにいるのだから、導き出される帰結として、自分は無意識のうちに何かしら飲み物や食べ物を摂取していた、ということに他ならない。ただ、それがまったく記憶にない、というだけのことなのだ。
 論理的だわ、と時子は納得して大きく頷いたのだが、環はちっとも納得してくれなかった。
「つまり、このところずっと、ほとんど何も食べてなかったってことだな?」
「そんなことないよ」
「だって覚えてないんだろ」
「覚えてないけど、何かは食べてた、んじゃないかな。多分。だって普通、何も食べずにこんなに元気でいられるわけないし」
「まったく元気に見えないから言ってるんだ。本当はお前、かなり無理してるんだろう」
「え」
 本気できょとんとした。
 そんなことないよ? と言いかけて、口を噤む。そういえば、二、三度、貧血を起こしそうになったことがあったっけ、と思い出した。祖母にも、何度か 「大丈夫?」 と気遣われて、意味が判らなかったが、あれは時子のそういう様子を見かねて出されたものだったのだ。全然、自覚がなかった。

 ……そうか、これが 「無理をしてる」 ってことなのか。

「ああ--もう」
 環はそんな時子を見て、苛立たしげな声を出した。ひとつ小さな舌打ちしたと思ったら、いきなり両手で身体を抱き上げられたので、時子はびっくりした。
 お姫様抱っこ、というやつだ。
「え、環君、まだちょっと、ベッドに行くには早い時間なんですけど。私、シャワーも浴びてないし」
「こんな体力のないやつを押し倒すほど俺は野獣じゃない」
 面白くなさそうにそう言って、環は時子を抱っこしたまま居間まで運んでいき、二人掛けのソファにそっと下ろした。壊れ物を扱うような、繊細で慎重な手つきだった。
「米くらいはあるだろ。粥を作ってやるから、それを食べろ。煮てる間に、ちょっと買い物に行ってくる。お前はここでじっとして動くなよ、いいな?」
「オーバーだよ、環君」
 病人扱いされて、時子は不平を言うように口を尖らせる。その途端、環の指が伸びてきて、額を押された。わ、と言いながら、ソファの上にぱたんと倒れる。
「--……」
 一度横になってしまったら、頭がふらっとした。
 この状態で起き上がると立ちくらみを起こしそうだな、と自分でも思った。しかしこうなると、意地でも 「なんともない」 という態度を取ってしまわずにいられない。我ながら、厄介な性分である。
 上から環が怒った目で覗き込んできて、時子は寝転がったまま、その顔を見返した。環の不機嫌そうな表情は、けっこう嫌いじゃない。
「軽く突いただけでこうじゃないか。もっと自分自身のことを把握しろ」
「おでこをぐいーっとされたら、誰でもひっくり返ると思う」
「この期に及んで口答えするな。自分がどれだけ酷い顔色してるのかも判ってないんだろう」
「私はもともと色白なんだもん。夏になったら海にでも行って、思いきり日焼けしようかな。環君は何色の水着が好き? 白? 黒? ピンク?」
「白、じゃなくて、お前、話を無理やり別の方向へ持っていこうとしてるな? 海はこの際どうでもいい」
「じゃあ山でキャンプとか。けど私、あんまり虫は好きじゃないんだよね」
「元気になったら海でも山でもどこでも連れてってやるから、今は少し静かにしてろ」
「だって私、口から先に生まれた子だから、喋るのは止められな--ん」
 憎まれ口を叩き続けていた唇が、そこで強制的に環によって塞がれた。
 柔らかく、温かな感触を受けては、さすがに時子もそれ以上抵抗しようとは思わない。自分の身体の上に覆い被さってきた環の首筋に両手を廻し、大人しく目を閉じる。ぎし、とソファが音を立てた。
 唇の上をするりと唇が撫ぜて、甘噛みされる。舌は入ってこなかったけれど、その分、丁寧で優しい口づけだった。
 頬に、額に、鎖骨のくぼみに軽いキスを落とされて、最後にまたゆっくりと唇を重ねたあとで、環は身を起こした。
「続きはメシを食ってから」
「続きをやる気はあるんだね……」
「あるに決まってるだろ。今だって抑制するのが大変なんだ」
 少し憮然とした顔と声だった。可笑しくなってくすくす笑ったら、また環の顔がすぐ間近に寄ってきて、今度はおでことおでこを、ごちんとぶつけられた。いた、と声を出した口に、素早く唇が掠めていく。
「……頼むから、さ」
 環が耳元で囁くように言った。
「ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、いつでも元気なお前でいてくれ」
「…………」
 少しの間を置いて、うん、と頷いたら、環がわずかに微笑んだ。
 怒る顔、心配そうな顔、こうして優しく笑いかける顔は、多分、時子だけに向けられるものなのだろう。
 時子はそういう環のどの顔も大好きだ。どれも愛しい。胸の鼓動が大きな音を立てて、心がじんわりと熱くなる。
 ……きっと、海も、山も、環がいないと色褪せるんだろうな、と思った。
 環と離れていた期間、時子の記憶が虚ろなのは、多分、それだけ自分の心が空っぽだったからだ。

 環がそばにいてくれるから、時子は時子でいられる。
 周囲のすべてが、ようやく綺麗に彩られる。
 歪みもせず、変色もしない景色の中で、きっちりと地に足をつけて立っていられる。

「--トキが元気で笑ってると、世界に色がつくような気がするんだ」
 たった今、自分が考えているのと同じようなことを言って、環が目元を和ませた。
「……ん」
 時子が一方的に離そうとした手を、もう一度掴みに来てくれた環。
 彼がそうやって笑いかけてくれる限り、世界から色が失われることはないのだろう。
 そう思ったら、ひどくほっとして、時子は 「環君、お腹空いた」 と言って笑った。



    (おわり)


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