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本編の後の、役目を終えたアレの取り扱いについての話。
お読みくださる方は、「続きはこちら」からどうぞ。


   

   

      ***



「なーるーみー、ただいまあー、おにーちゃんかえったぞおー」
 インターフォンの向こうから、ご機嫌な声が大音量で響いてきた。
 時計を見ると、時刻はすでに午前零時を過ぎている。こんな時間にこんな声を出されては、近隣住民の皆さんに申し訳が立たない。成海は大慌てで玄関ドアに飛んでいき、鍵を開けた。
「おお、わがいもうとよ! 元気だったかあ?!」
「朝と同じだよ。誠ちゃん、もう夜遅いんだから、静かにして」
 ドアを開けるなり、顔を真っ赤にした誠が、成海の頭の上に大きな手を置いて、ちっちゃな子供にやるようにぐりぐりと撫でまわす。一向に音量を下げようという気のないらしい兄に、成海は唇に人差し指を当てて窘めたが、「そーかそーか、元気か!」と大笑いされて、さらによしよしと頭を撫でられた。さすが酔っ払い、まったく話が噛み合わない。
 兄が口を開けるたび、むわっとした酒の匂いが空中に吐き出される。その強烈さから推測するに、どうやら相当量を飲んだらしい。
「とにかく早く入って。……晃星くんも、どうぞ」
 ちょっとふらついている大柄な身体を、半分抱きかかえるようにして部屋の中に引き入れながら、成海はその後ろにいた人物に向かっても声をかけた。
「お邪魔します」
 暗がりからドアを通って姿を見せた晃星は、普段よりも血色が良く見える程度で、誠ほど酔ってはいないようだった。苦笑を浮かべているその顔は、いつもとさして変わりがない。ほぼ泥酔状態の誠が、アパートまで辿り着けたのは、ひとえにこの連れがいてくれたおかげだろう。
 誠は、リビングに入ると、ふらふらとした足取りで仏壇へと向かい、両親の位牌に手を合わせた。
 「ちょっと飲みすぎて……申し訳ない」と床に手をつきぺこぺこ頭を下げながら謝っている──と思ったら、すぐにぺしゃんと頭が垂れたまま潰れて動かなくなった。
「ちょっと誠ちゃん、ダメだよ、そんなところで寝たら」
 驚いて駆け寄ったが、すでに兄は人事不省に陥っている。もうー、と成海は口を尖らせて抱き起こそうとしたが、体重差三十キロもある相手を持ち上げるのは、容易なことではない。
「手伝うよ。部屋に運べばいい?」
 晃星がそう言うと、手を伸ばして誠の腕を取った。お願いします、と返事をしてほっとする。晃星がいてくれてよかった。自分だけだったら、せいぜいこの上に毛布を掛けることくらいしか出来なかっただろう。
 それから二人がかりでなんとか誠をベッドまで運び、苦労して着替えをさせて、ようやく息をつけた。
 ぐったり疲れて、晃星を促し、キッチンの椅子に向かい合って腰かける。
「お世話をかけました」
「いやいや」
 晃星は楽しそうに笑っている。二人で一緒にお酒を飲んでいたのだろうに、誠とはずいぶんな差だ。晃星はあまり飲まないのか、それともよほど酒に強いのか、どっちなのだろう。
「今日は珍しく、たくさん飲んだんですね。誠ちゃん、大学を卒業してからは、お酒はなるべく控えてたのに」
 いや、正確に言うと、両親が亡くなって、成海と二人暮らしをするようになってから、極端にその手のものを避けるようになったのだ。会社の同僚との付き合いも最小限にとどめ、接待などで酒を断れないような席でも、量はかなりセーブしていた。帰りが午前様になったことは、本当に数えるくらいしかない。
 だからこんなに酔うまで飲む誠を見るのは久しぶりで、成海も少々戸惑ってしまうのである。大体、誠は現在まだ足のリハビリ中でもあるので、お酒の類はあまりよくないとも思うのだが。
「ま、兄として、いろいろ思うところがあるんでしょ。もうすぐ卒業式だしね」
 晃星がそう言ったが、その言葉にも、成海は首を傾げるしかなかった。自分の卒業式と、兄が酔い潰れてしまうほど酒を飲むのと、一体どんな関係があるのか、さっぱり判らない。
「晃星くんにも迷惑かけて、ごめんなさい」
「いやー、迷惑といえば迷惑だけど、しょうがない。あのシスコンが酒を飲みたくなるのは、俺にも責任のあることだし」
「は?」
「それより、せっかく二人っきりなんだから、もっと実のある会話をしようよ、なるたん」
「…………」

 なる、たん?

 成海はまじまじと目の前にいる晃星を見つめた。
 ニコニコしているその顔に、取り立てて大きな変化はない。目の周りが多少赤くなってはいるが、何も知らない人が見れば、まったく気づかないくらいのものだ。身体だってしゃんとまっすぐで、揺れてもいない。こちらに向けている視線に熱っぽいものが混じってはいるが、それはいつものことといえばそうだし。
 しかし。
「……晃星くん、これは何本ですか?」
 成海は試しに、晃星の前で指を立てた自分の手をかざし、ゆらゆらと動かしてみた。
「なにそれ」
 晃星が噴き出す。
「もしかして、俺が酔っ払ってると思ってんの? ちゃんと見えてるよ、三本でしょ」
「…………」

 ブブー、残念。正解は一本です。

「コーヒー淹れます? いえそれよりも、もう寝たほうがいいですよね。今夜は泊まっていってください」
 危なっかしくて、とてもこの状態の晃星を一人で帰すことなんて出来ない。どうやらぐでんぐでんに酔っているらしいのに、外側からはまったくそう見えないとは、ある意味、誠よりも厄介な体質ではないか。
 誠の部屋に布団を敷いて、そこで寝てもらえばいいだろう。そう思って、成海は急いで椅子から立ち上がり、自分の部屋へと向かった。予備の布団は、そこの押し入れにしまってあるからである。
 成海は今までリビングで兄の帰りを待っていたため、ドアを開けたら部屋の中は真っ暗だ。手探りで電気のスイッチを探す。
 ……と。
 スイッチは見つけたが、それを押す前に、いきなり後ろから抱きすくめられた。自分の手の上から、誰かの手が重ねられる。
 くるりと身体の向きを変えさせられた。
 電気の点いていない暗い部屋の中で、すぐ間近にお酒の匂いを感じたと思ったら、唇に温かいものが触れた。
 最初は軽く啄むだけだったのに、角度を変え、何度も口づけを交わすうちに、次第に深まっていく。彼の舌は、いつもとは違う味がした。
「……俺さあ、これでも頑張ってるんだよ」
 ようやく唇が離れ、晃星は成海を抱きしめたまま、低い声で言った。成海の肩に顎を置いているから、囁きが直接耳朶に触れるようで、そのたび、背中に痺れが走る。
「どうしようもないシスコン兄貴のためにも、せめて、なるちゃんが高校を卒業するまでは、我慢しようと思ってさ。自分の欲求が抑えられなくても、身体のほうが反応しないように、こうして酒もたくさん飲んでみたりして」
「…………」
 酔っ払いの冗談なのか、それとも真面目に言っているのか、悩むところだ。
 でもどちらにしろ、晃星は晃星で、なんだか涙ぐましいような努力をしているらしいことは理解できた。
「だけどやっぱり、なるちゃんを前にすると駄目だな……」
 晃星の唇が、再びそれを求めて近づいてくる。背中に廻っていた手も、下のほうに移動して、怪しい動きをしはじめた。さすがに兄がすぐ近くで寝ている時に、これ以上のことを許すわけにはいかないので、成海は容赦なくぴしゃんとその手を叩く。
「もう少し頑張りましょう」
「そんな小学校の先生みたいなこと言って……なるちゃんは冷たい……」
 晃星がぶつぶつ言ったが、それでも手は大人しく背中へと戻った。なんだかんだ言っても、彼は一度決めたからには、最後までそれをやり通す性質だ。そう決心したのなら、本当に成海が高校を卒業するまでは、キス以上のことはしないだろう。それが判っているから、ぷっと噴き出した成海がぴったりとくっつくと、晃星も笑いながら優しく抱きしめ返してくれた。
「しょうがないから、もう少しだけ君のために紳士でいるよ。でもさ、高校を卒業したら……って、ちょっと待った」
 甘い口説き声が、後半からいきなり固いものに変わった。きょとんとして見上げると、真顔になった晃星の視線は成海を通り越し、まっすぐ後方へと向かっている。

「あれ、何」

 きついくらいの鋭い声で問われ、びくっとする。あれって何? 成海はビビリだから、もちろんお化けとか幽霊とか心霊現象とか、その類のものも大の苦手だ。もしも今、自分の後ろに白いぼやっとしたものが浮いている、などと言われたら、悲鳴を上げて脱兎のごとく逃げ出す自信がある。
「な、なんですか」
 怖くて振り向けないので、震える声で確認したが、晃星は厳しい表情のまま、目をそちらに据えつけて動かない。そこに何があるのだ、もう泣きそうだ。
「なるちゃん、あれ、何?」
 すっかりびくついた成海が縋るように身を寄せているというのに、晃星はまるで怒ったような口調で問いかけてくる。さっきまでの甘ったるい雰囲気はすっかり吹き飛んで、その声まで険しいものに変わっており、こちらはこちらで怖くて、ますます泣きそうになってしまう。
「あ、あれって……」
 おそるおそる、後ろを振り返った。そこにあるのは、自分のベッドだ。
 その上に白いものが見えて、一瞬声を上げかけたが、思い直してどうにか堪えた。白いは白いでも、そこにあるのはお化けなどではない。明るいところで見たらなんとも思わないただの物体で、他の誰でもない成海が、自分の意志でそこに置いたものだ。
「…………」
 晃星が睨みつけていて、「あれは何だ」と詰問している対象は、それのことだと気づいた。
「……えーと、あれ、は」
 口ごもる。なんとなく、成り行きが読めた。
「枕、ですね」
「誠だろ」
「長枕です」
「誠だろ」
「普通の、なんの変哲もない、ただの枕です」
「だから、誠だろ」
 目を吊り上げた晃星と、非常に不毛なやり取りをする。成海は何ひとつ嘘を言っていない。そこにあるのは、本当に、普通の、なんの変哲もない、ただの長枕だ。
 ──白くて、長くて、ふかふかで、ただ単に、一部分に顔が描かれただけの。

「『もと誠』じゃん!」
 晃星が大きな声を出した。

「なんであいつがここにいるわけ? なんでよりにもよってなるちゃんのベッドに、我が物顔でのうのうと寝そべってんの? ひょっとして、まさかと思うけど、なるちゃん、あいつと一緒に寝てるってこと?」
 晃星が誤解を招くような言い方をしながら、成海に詰め寄ってくる。一緒に寝るもなにも、あれは枕だというのに。
「……あの、あれはもともと、私が使ってた枕なんです、よ」
 誠がいなくなる前は、普通に枕として、成海のベッドにあったものだったのだ。誠が帰ってきて、誠人形はその役目を終えた。着せていた背広も脱がせ、もとの枕に戻った、というだけのこと。
「だって誠の顔が残ってる」
「油性マジックで描いちゃったから、消えないんです」
「つーか、あれは人形だった時、完全に誠の代わりだったわけでしょ? なるちゃんが喋ったり抱きついたりしてたわけでしょ? それが今、なるちゃんと一緒に寝てるってどういうこと? 俺がこんなにも必死に我慢してるってのに、なるちゃんは俺以外の男に添い寝を許してたってこと? Unbelievable!」
 人聞きの悪いことを言うのはやめてください。
「だって、誠ちゃんは眠る時、枕を使わないし」
「だからってなるちゃんが誠人形を抱いて寝ることはないでしょ」
「抱いて寝てません」
 さすがに成海も、誠の顔が描いてある枕を、自分の頭の下に敷くのは憚られ、それは大体、ベッドの上にただ置いてあるだけだ。ずっと「誠の代わり」として扱っていたことは本当なので、確かに強い思い入れはあるが、晃星に責められるようなことでもない……と思う。
 だって何度も言うけど、枕だよ?
「誠の顔が、ものすごく勝ち誇ったように笑ってる」
「目の錯覚です」
「ずっと誠の代わりにしてたんだから、アレには絶対シスコンの怨念がこもってる。なるちゃんが眠ってる時に、横で『別れろー、別れろ―』って囁いてるに決まってる。怖い、めっちゃ怖い」
 どうも晃星は、かなり酔っ払っているらしい。
「布団敷きますから、そろそろ寝ましょう。ね?」
「寝るって誰と? まさかなるちゃん、俺がいるってのに、今夜もこいつと寝るつもり?」
「だったら晃星くんが使います?」
「死んでも嫌だ。けど、なるちゃんの隣に置いておくのも嫌だ」
「……じゃあ、どうしろと」
「捨てよう、今すぐ。呪いのアイテムは焼却処分にするのが一番いい」
「そんなの絶対にダメです! 呪いのアイテムじゃないし!」
「なるちゃんは、俺よりも誠と寝るのを選ぶつもり?!」
「だから、枕ですってば!」
「誠だろ! あのシスコン、いつもいつも俺の邪魔しやがって!」

 この夜、成海と晃星は、恋人同士になってから初の大ゲンカをした。


     ***


 さすがにケンカの理由がくだらなさすぎて、二人はすぐに仲直りしたが、問題の「もと誠人形」である枕は、晃星が引き取ることになった。
 なので今も、彼のマンションのソファには、Tシャツを着せられた長枕が、ふんぞり返るようにして座っている。成海がその部屋を訪れる時だけ、さっさとクローゼットの中に追いやられてしまうのだが、それ以外の時は大事にしてもらっているようだ。
 ただ最近、晃星とのデートをいちいち邪魔せずにいられない心配性の兄が、
「なんかさあ、時々、顔がちょっと痛むことがあるんだよなー。まるで、誰かに踏んづけられてるみたいな」
 と、不思議そうにぼやくようになった。
 成海はそれを、深く考えないようにしている。



      (おわり)



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